ライン河畔プロムナード
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写真:Philipp Schiwek |
世界中にみられる有名な - 現代ボヘミアンから背広姿のサラリーマンまで、老若男女を問わず、ショッピングを楽しんだり、ただぶらぶらと散歩をしたり、どこからともなく人々が集まってくる - そんなプロムナードがデュッセルドルフにも存在します。
ノルトライン・ヴェストファーレン州の州都デュッセルドルフ市の見逃せないハイライト・スポット、メーディエン・ハーフェン(MedienHafen)とライン河畔プロムナード(Rheinuferpromenade)です。
かつてデュッセルドルフ港はライン河交易の要衝として20世紀に至るまで重要な役割を果たし、港を訪れる交易船は数知れませんでした。しかし近年になってからは数隻の平底船や観光船が停泊するのみとなってしまい、人々から「デュッセルドルフの汚点」とまで言われるほどに荒廃していました。
その貿易港が、1990年の終わりに素晴らしい変貌を遂げています。
当時のトレンドを反映して「メーディエン・ハーフェン」(メディア・ハーバー)と名づけられたこの一画には、WDR、Antenne Düsseldorf、nrw.tv、QVCなどといったマスメディアがスタジオや事務所を構えています。400以上のオフィスの他、高級レストランやブティック、更にマルチプレックスシアター、クラブ・ラウンジ、ディスコなど、アミューズメントやナイトライフも充実したこの建築コンプレックスは、世界的にも著名な数名の建築家が設計しました。
中でも目を引くのがノイアー・ツォルホーフ(Neuer Zollhof)で、シルバー、白、赤の奇抜な外観の3つのアシメトリーな建造物は、カリフォルニアの人気建築家フランク・ゲーリー(Frank O. Gehry)の設計によるものです。オリジナリティに富んだこの建物は、竣工からわずか2年で完成し(1998-1999)、同時にデュッセルドルフの新しいランドマークとなりました。
NRW州議会議事堂、スカイラインに映えるラインタワー、セミグラス張りのWDRテレビスタジオなど、斬新な現代建築と従来の建築物が見事に調和し、美しい景観を作り出しています。
一方、ライン河畔プロムナードの発祥は1900年頃に遡ります。
もともとはライン河の度重なる洪水の治水対策として作られた道路でしたが、第2次世界大戦後の交通網拡充政策により、爆撃破壊された建築物を撤去して幅を広げ、連邦道1号線(Bundesstrasse 1=B1)が新たに敷設されました。しかし、この車道によって市街とライン河は分断された形となり、また1980年の終わりには交通量が1日に55000台を越える過密道路にもなり、騒音や環境破壊といった問題も抱えていました。
その解決策として、デュッセルドルフの北と南を結ぶ重要なB1号線を移設するための地下トンネルが1993年に落成しました。そして、トンネルの地上部に現在のライン河畔プロムナードが完成したのは1995年のことでした。こうして、まさに100年がかりの大型プロジェクトが完遂され、市民の年来の願いが叶って「ライン河畔のデュッセルドルフ」が甦りました。
オーバーカッセラー橋から旧市街に沿って州議会議事堂まで続く全長約2Kmのプロムナードは歩行者専用道と自転車道に分けられ、600本のプラタナスが美しい並木道を形成しています。デュッセルドルフ市民が「街で一番美しい場所」と自負するこの遊歩道は、天気の良い日など地元の人や旅行客で溢れます。人々は波型に敷き詰められた青い敷石の上を散歩したり、ベンチやシュロス・タワー前の階段(Freitreppe)に座って、或いはカフェでコーヒーやアルトビールを飲みながら行き交う船や路上のパフォーマンスを眺めたり、絵のように美しい景色を楽しんだり、夕日を堪能したりしながら思い思いに時を過ごします。
ライン河岸プロムナードは完成前の1994年にワシントン・ウォーターフロント・センター賞、1998年にはドイツ都市計画賞(Walter-Hesselbach-Preis)など、国内外の数々の賞を受賞しています。
またここでは様々なイベントが開催されます。最も人気のある催し物の一つが、年に一度5月或るいは6月の土曜日に開催される「日本デー」です。ドイツ-日本の相互理解を深める目的で催されるデュッセルドルフならではのお祭りは、午後1時から、ブルク広場を始めとする数ヶ所の会場で、日本文化の紹介、伝統スポーツのデモンストレーション、コンサートなどのプログラムが行われ、ライン河畔プロムナードには屋台も立ち並びます。午後11時、クライマックスを飾る日本の花火がライン河畔で打ち上げられ、100万人もの観客を魅了します。

